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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)254号 判決

東京都中央区京橋二丁目3番19号

原告

三菱レイヨン株式会社

代表者代表取締役

永井彌太郎

訴訟代理人弁理士

佐藤辰男

辻良子

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

指定代理人

広田雅紀

田中靖紘

涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、昭和61年審判第9361号事件について、平成元年9月21日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和52年4月18日、名称を「熱可塑性樹脂組成物」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、特許出願をした(昭和52年特許願第44373号)が、昭和61年3月15日に拒絶査定を受けたので、同年5月15日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、これを同年審判第9361号事件として審理したうえ、平成元年9月21日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月8日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

下記(A)成分5~94重量%、(B)成分5~94重量%及び(C)成分1~40重量%を主たる構成成分とする熱可塑性樹脂組成物。

(A)  ポリエチレンテレフタレート、ポリテトラメチレンテレフタレート及びこれらの混合物から成る飽和ポリエステル樹脂

(B)  ポリカーボネート樹脂

(C)  炭素数2~10個のアルキル基を有するアルキルァクリレート及び/又はアルキルメタクリレートを主体とするゴム状重合体50重量%以上の存在下で芳香族炭化水素単量体、メタクリル酸エステル単量体の少なくとも1種又はこれと他のビニル系単量体との混合物50重量%以下を重合して得られる樹脂重合体。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は特開昭49-41442号公報(審判事件、本訴のいずれにおいても甲第3号証。以下「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用例発明1」という。)及び特開昭49-99152号公報(審判事件、本訴のいずれにおいても甲第4号証。以下「引用例2」という)に記載された発明(以下「引用例発明2」という。)に基づいて当業者が容易に発明することができたものとし、本願発明は特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、引用例1、2の記載内容、本願発明と引用例発明1との一致点・相違点の各認定(別添審決書写し2頁2行~5頁2行)は認める。

また、上記相違点についての検討のうち、引用例2(甲第4号証)に記載されたポリブタジエンを含むグラフト重合体(以下「ABSグラフト重合体」といい、「ABS」と略記する場合がある。)及びアクリル酸エステルの均質重合体及び/又は共重合体にスチレン及びアクリロニトルがグラフト重合したグラフト共重合体(以下「ASAグラフト重合体」といい、「ASA」と略記する場合がある。)は、それぞれ、引用例1(甲第3号証)におけるブタジエン系グラフト共重合体及び本願発明における(C)成分に該当すること(別添審決書写し6頁10~14行)、本願発明の効果についての検討のうち、本願明細書に本願発明の樹脂組成物は成形加工性、耐衝撃性、耐候性、耐熱性、耐薬品性、並びに均一分散性に優れていることが記載されていること(同8頁2~5行)、成形加工性、耐衝撃性、耐候性及び耐熱性については引用例発明2の樹脂組成物が、成形加工性、耐衝撃性及び耐熱性については引用例発明1の樹脂組成物がそれぞれ有する物性であること、また、耐薬品性については、芳香族ポリエステル及び芳香族ポリカーボネートを均一に混合することにより、芳香族ポリカーボネートの耐溶剤性が向上する旨が引用例1に先行技術として記載されていること(同8頁9~17行)も認める。

しかし、審決は、相違点の検討において、引用例2の記載内容を誤解して容易推考性の判断を誤り(取消事由1)、また、本願発明の樹脂組成物の優れた性質が引用例1、2から当業者が容易に予想できる程度のものと誤って判断し(取消事由2)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1

審決は、引用例2に、ポリカーボネート(以下「PC」という。)の性質をより好ましいものに変えるための公知の先行技術として、PCにABSグラフト重合体を加えた組成物の発明(以下この発明を「先行発明1」という。)が挙げられ、この組成物においては溶融係数は改善されるが引張強さ、伸び、耐光性及び耐候性のような性質に悪影響が生じ、少量のブタジエン含有重合体が存在する場合でも変色が生じるなど光及び熱に対する感受性が増加するという問題点がある旨が記載されていることを根拠に、引用例発明2は、これら問題点を解決するために、上記ポリブタジエンを含むABSグラフト重合体に替えて、ASAグラフト重合体を用いることにより熱的安定性、弾性モジュラス、成形性、ノッチ付衝撃強さが改善された、老化、熱及び光に対する耐性、すなわち耐候性の優れた熱可塑性成形用組成物が得られる旨が記載されていると認定している(別添審決書写し5頁15行~6頁10行)。

しかし、引用例発明2は、審決認定のようにABSグラフト重合体に代えてASAグラフト重合体を用いることによりPCの耐候性等の問題を改善することを意図したものではない。

(1)  引用例2には、PCの性質をより好ましいものに変えるための公知の先行技術として、先行発明1とともにPCにゴム状重合体を加えた組成物の発明(以下「先行発明2」という。)又はPCにポリエチレン若しくはポリプロピレンを加えた組成物の発明(以下「先行発明3」という。)が記載されている。

引用例発明2は、これら先行技術の存在を前提としてなされたものであって、その組成物は、PCにASAグラフト重合体を加えることにより、PCに比し射出成形温度が低く、流動特性が良好であること、ASA重合体に比し低温におけるノッチ付き衝撃強さが良好であること及びPCに比しノッチ付き衝撃強さが改善されるとの特性を備えている。特に、PCに比してのノッチ付き強さの改善が引用例発明2の眼目とするところというべきである。このことは、引用例2に「最も重要なことはノッチ付き衝撃強さが純粋なポリカーボネートに比べかなり改善されている。通常のポリカーボネートの成形体は臨界厚さまでノッチ付衝撃強さが著しく大である。この厚さを超えると、ノッチ付衝撃強さは急速に低下してもとの値の約1/5になる。薄壁の「靱性」破断は臨界壁厚における「脆性」破断に変る。顔料が存在するか、高温をかけると臨界厚さはさらに減少する。第1表参照。」(甲第4号証4枚目右上欄10行~左下欄3行)と説明され、また、添付第1、2図及びそれに関連する記載(同5枚目左上欄13行~左下欄8行)で、PCの臨界厚さは約5.76ミリであるのに対し引用例発明2の組成物は臨界厚さがないと説明されていることから明らかである。

このような引用例発明2の組成物の特性と上記先行技術とを対比してみると、臨界厚さに言及されているのは先行発明2、3のみであって、PCにABSグラフト重合体を加えた先行発明1ではない。ちなみに、先行発明1として引用例2で引用しているドイツ特許第1170141号の対応日本特許出願の公告公報(特公昭38-15225号公報、以下「先行発明1の公報」という。)には専ら溶融係数が改善されるとあるのみである(甲第5号証の1の4頁左欄5~8行)。

確かに、引用例2には、引用例発明2につき、「本発明のポリカーボネートとASA生成物との混合物は老化、熱、及び光に対する耐性に関し上記通常の混合物に比べて優れている。」(甲第4号証4枚目右下欄4~7行)と記載されている。しかし、上記記載中の「上記通常の混合物」とは何であるか不明であり、その他、引用例2には、引用例発明2が老化、熱及び光に対する耐性に関しどのように改善されたかを具体的に示すデータは何もない。したがって、上記記載をもって引用例発明2が先行発明1の改善を目指したものとすることはできない。

引用例2には引用例発明2で用いられるグラフト重合体に関し「本発明のグラフト重合体は老化しないポリアクリレート/スチレン/アクリロニトリル重合体であり・・・」(同2枚目左下欄7~9行)と記載されているが、「老化」とは、化学大辞典第9巻(甲第8号証)の「老化」の項に説明されているように、「物質が時日の経過に伴ってその性質が変化する」ことであり、老化を起こす原因には時日の経過の外にそれに伴う熱、光、空気、水分あるいは充填剤など種々のものがあるから、引用例2の上記「老化しない」の語を直ちに「日光等の影響を受けにくい」と解釈することはできず、したがってまた、これをもって引用例発明2が先行発明1を改善して「日光等の影響を受けにくい」ものにすることを目指したものとすることもできない。

このようにしてみると、引用例発明2は、PCの臨界厚さの改善という点から先行発明2、3のゴム状の重合体又はポリエチレンもしくはポリプロピレンに代えてASAグラフト重合体を用いたものと見るべきであり、引用例2に先行発明1が記載されているのは、引用例発明2の組成物が先行発明1の組成物に射出成形温度が低いこと及び流動特性が良好な点でも匹敵するという程度の意味にすぎず、これをもって、引用例発明2を先行発明1の改良を目的としたものとすることはできない。

(2)  引用例発明2でPCに配合するASAグラフト重合体に関し、引用例2では「本発明のグラフト重合体は・・・ASAグラフト重合体として知られており、グラフト基質として弾性を持ったポリアクリレート、例えばポリブチルァクリレート共重合体を有している。ポリアクリレートは好ましくは・・・これらのエステルとアクリロニトリル、スチレン・・・ブタジエンとの共重合体である。」(甲第4号証2枚目左下欄7行~右下欄3行)とされており、しかも、引用例2の実施例3の「表」に示された実験例(原文の「実施例」は、「実験例」の誤記と思われる。)5、6、8で用いられているASAグラフト重合体のグラフト基質にはブタジエンが含まれている(同6枚目右下欄5行~7枚目1行及び7枚目の表)。

すなわち、引用例2の実施例3で混合物Hとして示されているASAグラフト重合体は、スチレンーアクリロニトリロ共重合体70重量%と乳化グラフト共重合体30重量%との混合物であり、この乳化グラフト共重合体は、ブチルアクリレート80重量%とブタジエン20重量%の共重合体40重量%上にスチレン40重量%とアクリロニトリロル20重量%とをグラフト共重合させたものであるから(同6枚目右下欄5行~7枚目1行)、上記混合物H中には、2.4重量%のブタジエンが含まれることになる。そして、上記の実施例3の「表」には実験例として1~8が記載されており、その5、6、8においてそれぞれ20、40、70重量%の混合物Hがそれぞれ80、60、30重量%のポリカーボネートと混合されているから、混合物Hの配合割合の最も大きい最後のものについて見れば、組成物全体の1.68重量%をブタジエンが占めることになる。

ブタジエンのこの配合割合が決して耐候性等に対する影響の面で無視できるほどに小さなものでないことは、引用例発明1及び先行発明1におけるブタジエンの配合割合と比較しても明らかである。

すなわち、引用例発明1の実施例15~18のブダジエン系グラフト共重合体は、「ブタジエンースチレン共重合体ゴム45部の存在下にアクリロニトリル5部、メタクリル酸メチル22部およびスチレン28部を乳化グラフト共重合させて得た」(甲第3号証5枚目右下欄4~7行)ものであり、「ブタジエン重合体(イ)が共重合体である場合は、ブタジエン系単量体(例えばスチレン)とビニル系単量体との共重合体であり、耐衝撃性向上の点でブタジエン成分が50重量%以上でなければならない。」(同3枚目右上欄10~14行)との記載に照らし、上記ブタジエンースチレン共重合体中のブタジエンの割合を50重量%とすると、上記ブタジエン系グラフト重合体中のブタジエンの割合は22.5重量%となる。そして、引用例発明1の組成物における上記ブタジエン系グラフト重合体の使用量は1~50重量%であるから(同1枚目「特許請求の範囲」)、仮にこれを10重量%としても、ブタジエンの配合割合は組成物全体の2.25重量%となり、引用例発明1の組成物全体に対するブタジエンの配合割合は引用例発明2の組成物全体に対するそれとほぼ同じ程度の場合があることになる。

また、先行発明1の組成物は、ポリカーボネートの溶融係数の改善を目的としてこれにブタジエン含有グラフト共重合体を加えたものであり、先行発明1の公報の第1表にはポリカーボネート90~10%とグラフト共重合体X10~90%とを配合する例が示されている(甲第5号証の1の3頁)。このグラフト共重合体Xは例1に説明されているようにポリブタジエン30%にアクリロニトリル25%及びスチレン45%をグラフト共重合させたものであるから(同2頁)、このグラフト共重合体のブタジエン成分は30%ということになる。したがって、同第1表に示されているグラフト共重合体Xを10%含有する例Aにおいては、全組成物に対するブタジエン成分の割合は3%となる。しかも、同公報ではポリブタジエンは上記グラフト共重合体の重量の10~60%であるのが望ましいとされているから(同2頁左欄18~26行)、その発明では上記グラフト共重合体Xより更にブタジエン成分の少ないグラフト共重合体を使用することも考慮されている。このように見てくると、引用例発明2の混合物Hを用いた組成物のブタジエン成分の含有量が先行発明1の組成物のそれに比して著しく少ないとはいえないはずであり、ここでも先行発明1の組成物全体に対するブタジエンの配合割合は引用例発明2の組成物全体に対するそれとほぼ同じ程度の場合があることになる。

被告主張のように引用例発明2の組成物におけるブタジエンの配合割合は小さいから耐候性等に劣るとの問題が生じないとするならば、それと同程度の割合のブタジエンを含有する引用例発明1、先行発明1の各組成物においてもこの問題は生じないはずであり、したがってその改良の問題も生じないはずである。

引用例1、2及び先行発明1の公報にブタジエンの配合割合につき被告主張のとおりの記載があること及びこれによるとき数値が被告主張のとおりとなることは認めるが、樹脂組成物全体でなくそれを構成するグラフト重合体に対するブタジエンの割合を比較する被告の主張は、樹脂組成物にブタジエンが含有されることの有する意味を検討するに当たり、最終的には混合物である樹脂組成物全体の一部となるブタジエンにつき全体との関係で検討する必要はないとする点で不合理であり、前提において既に不当というべきである。

引用例2で混合物Gとして示されている混合物においては、2重結合を有する単量体を含まない幹重合体にスチレンとアクリロニトリルとをグラフト重合させている。また、昭和52年8月10日発行の「グラフト重合とその応用」(乙第8号証)においても、連鎖移動反応によりグラフト重合を行うことができる旨(同10、11頁)及び「幹ポリマーがジエン系ポリマーの場合、単に連鎖移動のみでなく、次の式で示されるようにジエン系ポリマーの2重結合の付加反応が起こる」(同27頁)旨が記載されてグラフト重合を行うのは連鎖移動反応が主であることを示唆している。さらに、昭和45年10月26日公告の特公昭45-33193号公報(乙第10号証)でも、過酸化物を作用させることによってグラフト化を行うことが説明されている(同2欄10~17行)。これらの点に照らすと、被告主張のように引用例発明2の混合物Hにおいてブタジエンを用いた理由はグラフト率を高めるためであるとするのは独断である。

もし、引用例発明2が、審決のいうように、先行発明1のブタジエン含有重合体の存在に基づく耐光性や耐候性の低下という欠点の除去のためのものであるとするならば、このように、そこでブタジエン含有重合体が成分として使用されるはずがないから、現にこれが使用されているという上記事実は、引用例発明2が先行発明1の上記欠点の除去のためのものでないことを明確に裏付けている。

被告は、乙第2~第6号証の公報を挙げ、本願出願前、ABS樹脂を含む樹脂組成物は耐光性及び耐候性の低下の点で問題になっておりそれがブタジエン成分に基づくことはよく知られていたとして、これを根拠に引用例発明2がこの問題を解決したものと見るべきであると主張するが、失当である。

まず、乙第3、第4号証の公報は引用例2の優先権主張日より後に頒布されたものであり、乙第2、第5号証の公報の頒布日も引用例2の第一優先権主張日より後であるから、これら刊行物の記載事実に基づき引用例2の記載内容を解釈するのは不当である。

次に、乙第2号証の公報の発明は耐衝撃性のビニル芳香族重合体組成物の発明に係り、乙第3、第4号証の公報の発明は塩化ビニル樹脂の耐衝撃性を改良する発明であり、しかも、乙第2、第3号証の公報の発明においてはブタジエン含有重合体を配合成分として用いているから、これらを耐光性及び耐候性が問題とされていたことの裏付けとすることはできない。

さらに、乙第5、第6号証の公報には、PCとABS樹脂との組成物は耐候性に欠けるとの記載はあるけれども、これらの発明は、この欠点の解消を目的としたものというより、PCの耐衝撃力や耐応力クレージング性あるいは流動性の改良を意図した発明と解される。

いずれにせよ、引用例発明2において用いられるASAグラフト重合体にブタジエンが含まれることは前述のとおりであるから、たとい乙第2~第6号証の公報の記載事項を考慮に入れたとしても、引用例発明2がABSグラフト重合体のブタジエン成分の存在に基づく耐候性等に劣るとの上記欠点を解消するものであると見る余地はない。

(3)  以上のとおりであるから、引用例2についての審決の上記認定は、同引用例の記載内容の解釈を誤るものであり、この誤解を前提に、審決が、引用例発明1のABSグラフト重合体に代えて、本願発明の(C)成分すなわちASAグラフト重合体を用いることは当業者が容易に行いうる程度のことであると判断したことは誤りである。

2  取消事由2

(1)  本願発明の組成物と引用例発明1のそれとの差はASAグラフト重合体とABSグラフト重合体とめ差であり、本願発明の組成物と引用例発明2のそれとの差は本願発明のA成分である飽和ポリエステル樹脂の有無である。そして、審決は、本願発明の有する諸性質のうちの多くについては、それが引用例発明1、2の双方又はいずれか一方の有する性質であることを根拠に、引用例1、2の記載から当業者が容易に予測できると認定した(別添審決書写し8頁2行~10頁6行)。

しかしながら、複数の樹脂を混合して作られた組成物において混合される各樹脂の性質がそのまま混合される割合に応じて発現するとは限らず、成分樹脂の性質を十分考慮したうえでそれらを混合した樹脂組成物の性質を予測しようとしても、予測することは困難であるから、この予測が容易であることを前提にする審決の上記認定は誤りであり、このことは、1967年1月1日発行の「共重合体の合成と物性・化学増刊27」(乙第1号証)に「2種のポリマーを混合するといっても、その混合状態によりおのずとその物性も変わることだし、はたしてどの程度混合すればよいのかすら明らかにされていないといっても過言とはいえない。・・・まだその他多くの研究上の問題点が残されている。」(同号証172頁9~13行)と記載されていることからも明らかである。

(2)  本願発明の組成物の有する諸性質のうちその予測の困難さの点で特に注目すべきは、優れた均一分散性である。

本願発明の発明者の一人である本郷雅文が作成した平成2年2月20日付け実験成績書(甲第6号証)によれば、本願発明の組成物の実施例のいわゆるウエルド強度は、いずれも35kgcm/cm2以上であり、これらは、引用例発明1のABSグラフト重合体中のブタジエン系重合体を引用例1で好ましい重量%とされている30~70%(甲第3号証3頁右上欄4~10行)の範囲内にある45%あるいは60%とした場合、又は、引用例発明1でABSグラフト重合体を用いたものと並ぶ実施態様とされているMBSグラフト重合体を用いてその中のブタジエン系重合体の割合を同じく好ましい重量%の範囲内にある63%にした場合のウエルド強度、10.3、19.2、5.9kgcm/cm2に比べてはるかに高い(甲第6号証表1)。

ウエルド強度は、樹脂の射出成形等に当たり複数の流れが合流して形成される接合部(ウエルド部)の強度であり、それが高いということは、溶融樹脂の複数の流れが接触した際、各流れの樹脂同士が容易に一つになって均一相を形成し、それが冷却されて均一相の固相となって形成されていることを意味する。

この均一相は、合流する複数の流れのそれぞれの樹脂が同種であれば容易に形成されるが、それらの樹脂が異種であるときは相互の親和性が問題となる。そして、成分樹脂を同じくする混合物同士であっても、各成分樹脂が均一に混合していないときは、微細に見ればそれらの混合物は異種の樹脂であるから、異種の樹脂の混合物を合流させるときは、均一相を形成するためには、各混合物において成分である異種の樹脂が均一に混合していることが必要である。

したがって、本願発明の組成物のウエルド強度が高いとの上記事実は、この組成物の均一分散性が良好であることを意味する。

本願発明の組成物は新規なものであるから、それを構成する3種の樹脂が均質に分散されることすなわち本願発明の組成物の均一分散性が良好であることは本願出願前知られておらず、かつ、本願発明の組成物の有するこの優れた均一分散性を容易に予測させるものは引用例1、2の記載中に存在しない。

(3)  以上のとおりであるから、本願発明の樹脂組成物の優れた性質が引用例1、2から当業者が容易に予想できる程度のものであるとする審決の判断は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定、判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  引用例2に先行発明2、3と関連して原告の主張する記載があることは認めるが、引用例2の記載(1枚目右下欄7~13行、2枚目左上欄10~11行、2枚目左下欄7~10行、4枚目右下欄4~7行)によれば、引用例発明2が引用例2で先行発明1の欠点とされているものの除去を目的の一つとしていることは極めて明らかであり、審決がその旨認定した点をとらえて審決は引用例2の記載内容を誤解したと主張する原告の主張こそ、引用例2の記載の全体を見ようとせず一部だけを取り出して解釈するものであり、引用例2の記載内容を誤解するものである。

引用例2の原告引用の記載中の「上記通常の混合物」が当該記載箇所より前に記載された引用例発明2の混合物以外の混合物を意味すること、したがってその中に先行発明1であるPCとABSグラフト重合体との混合物を含むことは明らかであって、これが何であるか不明であるとする原告の主張は失当である。

原告は、引用例2に引用例発明2により老化、熱、及び光に対する耐性に関しどのように改善されたかを具体的に示すデータがないことを根拠に、同発明が先行発明1の改善を目指したものでないと主張するが、改善の具体的データが示されていないからといってその改善が目指されていないとはいえないことは、現に本願発明の目指したものの一つとされており本訴において原告も本願発明の組成物の優れた性質として強調する均一分散性の改善について本願明細書には何ら具体的データが記載されていないことに照らしても、明らかである。

(2)  引用例2に引用例発明2の組成物の実施例としてその構成成分であるASAグラフト重合体の構成要素としてブタジエンを含むものが記載されていること、引用例1、2及び先行発明1の公報のそれぞれにこれと関連する原告主張のとおりの記載があること、引用例発明1、2及び先行発明1の各組成物におけるブタジエンの配合割合についての原告の数値計算が正しいことは認めるが、このことは、引用例発明2が先行発明1の改善を目指したものでないことにはつながらない。

本願出願前、ABS樹脂を含む樹脂組成物には耐光性及び耐候性の低下の点で問題がありその原因はそれに含まれるブタジエン成分にあることはよく知られていたとの事実は、本願出願前に公開又は公告された公報(乙第2~第6号証)の記載によっても明らかである。原告は、これらの公報が引用例2の優先権主張日より後に頒布された事実を挙げ、これらの公報を根拠に引用例2の記載内容を解釈するのは誤りであると主張するが、発明の進歩性判断において、先行技術としての刊行物の記載内容を解釈する場合、当該発明の出願当時の技術常識や技術背景を考慮するのは当然のことである。

樹脂組成物を規定する場合、本願発明、引用例発明1、2のいずれにおいてもそうであるように、その重合体レベルの構成成分、例えば本願発明における(A)(B)(C)の3成分で規定するのが常であること、後述のとおり、個々の構成成分の有する特性を考慮して樹脂組成物の性質を一応予測すべきであると考えられていること、現に、引用例1に樹脂組成物の衝撃強度や成形性に(C)成分すなわちブタジエン系グラフト共重合体におけるブタジエン系重合体(イ)の量が関与する旨(甲第3号証3頁右上欄4~10行)、引用例に2ASAグラフト重合体は老化を生起しない旨(甲第4号証2頁左下欄7~10行)がそれぞれ記載されていることを併せ考慮すると、樹脂組成物にブタジエンが含有されることの有する意味を検討するに当たってブタジエンの配合割合が問題になるときは、樹脂組成物全体に対する割合でなくむしろそれを構成するグラフト重合体に対する割合で考察するのが当業者の普通の考え方であると思われる。審決が「上記ポリブタジエンを含むグラフト重合体に代えて、前記ASAグラフト重合体を用いる」(別添審決書写し6頁4~6行)及び「甲第3号証記載の発明における「ブタジエン系ゴム重合体」に代えて、本願発明における「炭素数2~10個のアルキルアクリレートを主体とするゴム状重合体」を用いること」(同7頁1~5行)のように、樹脂組成物同士の異同を構成成分の次元で論じているのはこのような点を踏まえてのことなのである。

したがって、原告が、引用例発明2でブタジエンが用いられている意味を論ずるに当たり、ブタジエンの配合割合をグラフト重合体との関係でなく樹脂組成物そのものとの関係でとらえているのは、不適切といわなげればならない。

引用例発明1、2、先行発明1のそれぞれの組成物においてグラフト重合体にブタジエンがどのように配合されるものとされているかを比較すると、まず、ブタジエンが引用例発明2の組成物においては任意配合成分とされているのに対し他の2つの発明においては必須成分とされている点に相違が認められ、次に、引用例発明2の発明の組成物としてブタジエンを配合した実施例だけを見ることにした場合も、その配合割合は2.4重量%であり、引用例発明1の組成物における22.5~45重量%(実施例で見ると、その1~5は30重量%以上、6~10は36重量%、11~14は30重量%、15~18は22.5重量%)、先行発明1の組成物における10~60重量%(実施例で見ると30及び45各重量%)に比較してはるかに小さい。

引用例2には、ASAグラフト重合体のグラフト基質(幹ポリマー)の構成要素としてブタジエンを用いた理由は記載されていない。

ABS樹脂における衝撃強度は、例えば昭和52年8月10日発行の「グラフト重合とその応用」(乙第8号証)に記載されているように、ポリブタジエンの含有量が15%以上になると急激に増大する傾向がある(同号証198頁)ことから見て、耐衝撃性向上を目的としてブタジエンを配合するときは配合割合は相当高くなければならず、引用例発明2の組成物における上記2.4%によってこの目的が達成されるとは考えられない。したがって、引用例発明2におけるブタジエン配合の目的が耐衝撃性の向上でないことは明らかである。

このことに、幹ポリマーの分子中に二重結合が存在すると、連鎖移動定数CPの値が大きくなりグラフト重合が起こりやすいことが予想されること(同号証10、103頁参照)、非ジエン系ゴムは二重結合を本質的に有しないため樹脂成分を形成する単量体とのグラフト率が小さく、ゴム成分中に非ジエン系ゴムと相溶性であって分子内に少量の不飽和二重結合を有するゴムを存在させることによってグラフト率が高められること(特開昭49-27590号公報(乙第9号証)2頁左下欄13行~右下欄2行参照)、ポリブタジエンの二重結合に起因する老化現象に対処するため、ブタジエンのエストラマーの代わりにポリアクリエステルのような飽和エストラマーを使用することが提起されてきたが、この飽和エストラマーはグラフト化のための点を含まないため、この場合の組成物の衝撃強度は比較的低い限度であったこと(特公昭45-33193号公報(乙第10号証)2欄4~13行参照)を併せ考慮すると、引用例発明2でASAグラフト重合体のグラフト基質(幹ポリマー)に少量のブタジエンを用いた理由は、グラフト率を高めるためであろうと考えられる。

上述のとおり、一般に、重合体中にブタジエン成分が存在すると老化現象すなわち耐候性等の低下が見られることは周知の事項であり、現に引用例2にも「少量のブタジエン含有重合体が存在する場合でも、強い光及び/又は熱をかけると著しい変色が起る。光及び熱に対する感受性が増加する。」(甲第4号証1頁右下欄10~13行)と記載されているから、引用例発明2においてブタジエンを使用した場合、その程度はともかくこのような老化現象が生ずるおそれがあるかもしれない。

しかし、引用例2に「本発明のグラフト重合体は老化しないポリアクリレート/スチレン/アクリロニトリル重合体であり、ASAグラフト重合体として知られており、」(甲第4号証2頁左下欄7~10行)とそこで使用されるASAグラフト重合体は老化しないものであることが明記されていること、上記のとおり、引用例発明2のグラフト重合体におけるブタジエンは任意成分でありかつ使用されるときもその配合割合は極く小さいことからすれば、引用例発明2は、老化現象の点で問題のあるブタジエンをできるだけ使用しないようにした、すなわち、全く使用しないか、グラフト率を高めるなどの目的のために使用する場合も問題となるほどの老化現象が発生しない程度にとどめたものであるということができ、結局、老化現象の問題の解決すなわち耐候性等の改善を図った技術に係るといって何ら差し支えないといわなければならない。

2  同2について

ある特定の性質を有する樹脂組成物の設計という課題を解決しようとする場合、当業者は、全くの試行錯誤によりこれを試みているわけではなく、成分となる各樹脂の性質を十分考慮し、新たに作成される樹脂組成物の性質をこれらを基に一応予測したうえ、その予測した効果を確認する作業を普通のこととして行っている。

もちろん、複数の成分樹脂を混合して新たな樹脂組成物を作成する場合、作成される樹脂組成物の性質を各成分樹脂の性質から予め正確に断定的に推測することはできないが、そうだからといって、後者から前者を予測することが困難であることにはならない。

上記の点は、原告自身、「複数の樹脂を混合して作られた組成物において混合される各樹脂の性質がそのまま混合される割合に応じて発現するとは限らず、」と主張していることからも明らかである。「そのまま混合される割合に応じて発現するとは限らない」ということは、とりもなおさず「そのまま混合される割合に応じて発現することもある」ということであることからすれば、「そのまま混合される割合に応じて発現する」場合に当たることが確認されたとき、その性質を予測困難のものとすることはできないからである。

均一分散性とウエルド強度との間に原告主張のような明確な関係はなく、ウエルド強度の大小がそのまま均一分散性の大小を物語るわけではない。このことは、ASAグラフト重合体とPCとは相溶性が大であることすなわち均一分散性が良好であることが引用例2に、本願発明のA成分であるポリエステル樹脂とPCとは互いに相溶性に富み均一に混合しうることが引用例1及び本願明細書の双方で先行技術として引用されている特公昭36-14035号公報にそれぞれ記載されていることは、審決認定(別添審決書写し8頁末行~9頁15行)のとおりであるにもかかわらず、ASAグラフト重合体とPC及びポリエチレンテレフタレートとPCの各組合せのいずれにおいても、とりわけ前者において、ウエルド強度が著しく低い(甲第6号証表1)との事実によって明らかである。

したがって、このような関係の存在を前提に本願発明の均一分散性の良さをいう原告の主張は失当である。

いずれにせよ、PCとASAグラフト重合体、PCとポリエチレン樹脂がそれぞれ相溶性を有することが本願出願前明らかとなっていたのは上述のとおりであり、そうであれば、当業者がこれを基にこれら3成分を均一に分散できることに容易に想到しうるとした審決の判断(別添審決書写し9頁16行~10頁6行)に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立は、いずれも当事者間に争いがない。甲第2号証の2、第7号証については、原本の存在についても争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  本願発明、引用例発明1、2及び先行発明1~4の各組成物について

前示審決の認定中原告の認める部分を含め当事者間に争いのない事実によれば、本願発明、引用例発明1、2及び先行発明1~4の各組成物は、次のとおり略記することができる(「ポリエチレンテレフタレート及びポリテトラメチレンテレフタレートから成る飽和ポリエステル樹脂」を「PE」と略記する。)。

本願発明 〔PE+PC+ASA〕

引用例発明1 〔PE+PC+ABS〕

引用例発明2 〔PC+ASA〕

先行発明1 〔PC+ABS〕

先行発明2 〔PC+ゴム状重合体〕

先行発明3 〔PC+ポリエチレン、ポリプロピレン〕

先行発明4 〔PE+PC〕

そして、本願発明の組成物が、〈1〉成形加工性、〈2〉耐衝撃性、〈3〉耐候性、〈4〉耐熱性、〈5〉耐薬品性、〈6〉均一分散性に優れている旨本願明細書に記載されていること、このうち、〈1〉〈2〉〈4〉は引用例発明1の組成物が、〈1〉〈2〉〈3〉〈4〉は引用例発明2の組成物が、それぞれ有する物性であることも、当事者間に争いがない。

2  取消事由1について

(1)  引用例発明2がPCの性質をより好ましいものに変えるための技術に係る発明であること、引用例2に、PCの性質をより好ましいものに変えるための公知の先行技術として、先行発明1が先行発明2、3と並んで記載されていることは、当事者間に争いがない。

そして、甲第4号証によれば、引用例2には、その発明の詳細な説明の欄において、冒頭に引用例発明2の対象とする熱可塑性成形用組成物を示し、次いで、公知の先行技術として先行発明1~3を挙げ、その長所とともに短所を要約して摘示し、これを前提として、引用例発明2についての詳細な説明を加え、これに続いて、その効果として先行技術の短所が改善できたことを記載し、最後に実施例1~3と主な実施態様1~9を挙げて、その記載を終えていることが認められる。

このうち、先行発明1~3の短所についての記載と引用例発明2の効果に関する記載を見ると、

〈1〉 先行発明1につき、「この方法では・・・例えば引張強さ、伸び、耐光性及び耐候性のような他の性質に悪影響が及ぼされる。少量のブタジエン含有重合体が存在する場合でも、強い光及び/又は熱をかけると著しい変色が起る。光及び熱に対する感受性が増加する。」(甲第4号証1枚目右下欄7~13行)旨

〈2〉 先行発明2については、同発明でPCに添加されるゴム状重合体につき、「一方これらの添加剤もまた耐光性及び耐候性に悪影響を及ぼす。」(同2枚目左上欄10~11行)旨

〈3〉 先行発明3については、「不幸にしてこの種の混合物はポリエチレン又はポリプロピレン含有が最大約5%の時だけ射出成形法に適している。従つてオレフイン含有が増加すると急速にノツチ付衝撃強さが減少することを考えると、やはり改善は一定限度内である。」(同2枚目左上欄14行~右上欄4行)旨が指摘され、

〈4〉 引用例発明2の効果として、「生成物の熱的安定性及び弾性モジユラスが著しく高くなる」(同4枚目右上欄2行)こと、「射出成形温度が低いこと、及び流動特性が良好なこと」(同欄5~6行)、ノッチ付衝撃強さが改善されること(同欄7行~左下欄3行)を示し、これに続いて、「ノッチ(原文の「ハツチ」は「ノッチ」の誤記と認められる。)付衝撃強さが改善される他に、本発明のポリカーボネートとASA生成物との混合物は老化、熱、及び光に対する耐性に関し上記通常の混合物に比べて優れている。」(同4枚目右下欄4~7行)旨が記載されている。

この最後の記載中の「上記通常の混合物」が当該記載箇所より前に記載された先行発明1の混合物を含むすべての混合物から引用例発明2の混合物を除いたものを意味することは、その文言及び文脈に照らし明白である。

また、上記記載中の「老化・・・に対する耐性に関し・・・優れている」につき、「老化」とは、甲第8号証(化学大辞典第9巻942~944頁)により認められるとおり、一般的に、「物質が時日の経過に伴ってその性質を変化することをいい、・・・性質の劣化を伴う場合、目的に反して起こる場合を老化とよぶことが多い。変化をもたらす原因は単なる時日の経過のみではなく、これに伴う熱、光、空気、水分などの影響によることもある。」と理解されていることからすれば、上記の記載は、引用例発明2の組成物が耐候性等につき優れていることを示したものと充分に解することができる。

引用例2の記載内容がこのように理解できる以上、引用例発明2が目指したものは、原告の主張するノッチ付き衝撃強さの改善という先行発明2、3の問題点の改善のみではなく、ABSグラフト重合体を用いることから生ずる耐熱性、耐光性を含めた広い意味での耐候性の悪化という先行発明1の問題点の解決が含まれていることは明らかであるといわなければならない。

原告は、引用例2に引用例発明2が老化、熱、光に対する耐性という問題点に関しどのように改善されたかを具体的に示すデータがないことを根拠に同発明が上記問題点の改善を目指すものではないと主張する。しかし、ある問題点がどのように改善されたかを示す具体的データが特許明細書に掲げられていないからといって必ずしもその発明においてその問題点の改善が目指されていないことにはならないことは、例えば本願明細書(甲第2号証の1、2)において、本原発明の組成物の特徴の一つとされ(同号証の1の3欄下から3行~末行)、本訴において原告もそれを強調する優れた均一分散性につき本願明細書に何らの具体的データも掲げられていないことに照らしても明らかというべきであるから、原告の上記主張は採用できない。

(2)  引用例2に引用例発明2でPCに配合するASAグラフト重合体としてブタジエンを含むものが記載されていること、ブタジエンが引用例発明1、2及び先行発明1の各組成物あるいはその成分であるグラフト重合体においてどのように使用されているかに関する引用例1、2及び先行発明1の特公昭38-15225号公報(これが引用例2で先行発明1として具体的に挙げられているドイツ特許第1,170,141号に該当する日本特許出願に係ることについては当事者間に争いがない。)の各記載内容、それに基づく数値計算に関し原被告がそれぞれが主張するところ(第3の1の(2)及び第4の1の(3))については当事者間に争いがない。

この事実と甲第3、第4号証、第5号証の1によって認められる引用例1、2及び先行発明1の公報の関係記載部分を基にそれぞれにおけるブタジエンの扱い方を認定してまとめれば別紙のとおりとなり、これによると、先行発明1においてはブタジエンは必須成分であり、そこで用いられるブタジエン含有重合体はポリブタジエンだけを幹ポリマー成分とするABSグラフト重合体であって、引用例2ではこれが光及び熱に対する感受性を増加するとされているのに対し、引用例発明2の実施例として挙げられているものの多くはブタジエンを全く含有しないものであり(甲第4号証4枚目右下欄11行~7枚目左上欄1行、同7枚目の表)、ブタジエンを含有する実施例においても、ブタジエンを含有するASAグラフト重合体は、ポリアクリレートとしてブチルアクリレート80重量%とブタジエン20重量%の共重合体を用いるものであるから、そこでのブタジエンの使用は共重合体が基本的にアクリレートの有する性質を損なわない範囲で副次的に行われているにすぎないと見ることができ、このことに、引用例2に「本発明のグラフト重合体は老化しないポリアクリレート/スチレン/アクリロニトリル重合体であり、ASAグラフト重合体として知られており、」(甲第4号証2頁左下欄7~10行)と、そこで使用されるASAグラフト重合体は老化しないものであることが明記されていることをも併せ考えれば、実施例の一部として上記の形でブタジエンを使用したものが挙げられているからといって、引用例発明2が目指したものの中に、ABSグラフト重合体を用いることから生ずる耐光性、耐候性の悪化という先行発明1の問題点の解決が含まれていないことにはならないと認められる。

ブタジエン配合割合に関する上記別表記載の認定によれば、引用例発明2の実施例3の8の場合に限り、組成物全体に対するブタジエンの配合割合1.68重量%が、先行発明1及び引用例発明1の各組成物全体に対するブタジエンの配合割合の下限1重量%及び0.05重量%より高い場合が生ずることが認められる。しかし、たまたまこのような結果になることがあるとしても、それぞれの発明においてブタジエンがどのように考えられ位置付けられているかは、それぞれにおけるブタジエン配合の意義を全体としてとらえて比較考察しなければ明らかにならないことはいうまでもないことであり、このように全体としてとらえた場合のブタジエン配合の意義は、ASAグラフト重合体を用いる引用例発明2とABSグラフト重合体を用いる先行発明1及び引用例発明1とで明らかに異なることは別表記載の事実から明らかであるから、上記結果は、これをもって上記判断の妨げとなるものではないといわなければならない。

(3)  以上のとおり、審決が、引用例2に、PCとの関連でABSグラフト重合体に代えてASAグラフト重合体を用いることによりABSグラフト重合体を用いることから生ずる先行発明1の光及び熱に対する感受性が増加するという問題点を改善する旨が記載されている旨を認定したことは相当であり、これを誤解とする原告の主張は採用できない。

そこで、進んで、引用例1、2の開示するところにより本願発明が容易に想到できたものであるかどうかにつき、検討する。

ある特定の性質を有する樹脂組成物の設計という課題を解決しようとする場合、当業者は、全くの試行錯誤によりこれを試みているわけではなく、1967年1月1日発行の「共重合体の合成と物性・化学増刊27」に記載されているように、「それぞれのポリマーの持ち味を生かすように、2種以上のポリマーを混合、融合させたポリマーブレンドも古くから行なわれている。金属の合金と同じく2種以上のポリマーを混合し、単独で使用するより、すぐれた性質の高分子材料をつくろうという考えで」(乙第1号証171頁下から12~9行)これを行うことは周知の技法であり、例えば、引用例1の「芳香族ポリエステルは、一般に耐酸化性、耐溶剤性をはじめ種々のすぐれた特性を有する熱可塑性材料であ・・・る。しかしながら、これらの重合体は・・・寸法安定性が特に悪く、更に耐衝撃性や耐熱性に劣る・・・。一方、芳香族ポリカーボネート・・・は溶融粘度が高過ぎるため、成形が非常に困難な樹脂とされている。かかる芳香族ポリエステル及び芳香族ポリカーボネートの有する欠点を解決するために、芳香族ポリエステルと芳香族ポリカーボネートとを溶融状態において均一に混合し、両重合体相互の加工性や特性を補う試み・・・がある。このように芳香族ポリエステルと芳香族ポリカーボネートとを混合することにより、芳香族ポリエステルの寸法安定性などの成形用樹脂としての物性が付与されると同時に芳香族ポリカーボネートの溶融粘度が低下し、成形性が容易になるとともに芳香族ポリカーボネートの耐溶剤性が向上するという利点があるが、このようにして得られた樹脂組成物は耐衝撃性が不十分なために、耐衝撃性が要求される用途への進出が制限されるという欠点を有する。本発明者は上記組成物にポリブタジエン系ゴムを配合して、その耐衝撃性を改善せんと試みたが、その効果は認められずかえつて熱変形性温度の低下が著しく何ら特徴を見い出すことはできなかつた。本発明は更に上記の樹脂組成物の耐衝撃性の改良を主目的として鋭意研究した結果、芳香族ポリエステル(A)、芳香族ポリカーボネート(B)並びに・・・ブタジエン系グラフト共重合体(C)とを特定割合で混合して得られる熱可塑性樹脂組成物が、上記(C)成分を含有しない組成物のすぐれた成形性、寸法安定性を保持すると共に更に加えてすぐれた機械的特性、特に高い衝撃強度を有することを見い出し、本発明に到達したものである。」(甲第3号証1頁右下欄4行~2頁右上欄9行)との記載、その他引用例2(甲第4号証)、乙第2~7号証により認められる本願出願前に出願公開ないし公告された樹脂組成物に関する発明についての公報の記載から窺えるように、成分となるべき各樹脂の性質を十分考慮し、新たに作成されるべき樹脂組成物が成分となるべき各樹脂の長所を維持しつつ短所を補う性質が発現することを望んで、求める樹脂組成物の構成を決めたうえ、その予測した効果が実際に発現するどうかを確認する、という手法は普通のこととして行われており、この場合、新たに作成される樹脂組成物は成分となる各成分の性質のそれぞれを併せ持つと予測してみることが通常であるといってよいと認められる。

そして、引用例1及び本願明細書に先行技術として示されている先行発明4の組成物がポリエステル樹脂とPCよりなることは当事者間に争いがなく、この組成物は種々の点で優れた物性を有するが耐衝撃性が不十分であるという欠点も有すること(甲第3号証、甲第2号証の1、乙第7号証)、引用例発明1は、この欠点に対処するための一つの方策として、先行発明4の組成物〔PE+PC〕にABSグラフト重合体を混合した組成物〔PE+PC+ABS〕を提供したものであること(甲第3号証)、乙第3~第6号証によれば、ABSグラフト重合体にはそこに含まれるブタジエン成分に起因する耐光性を含む広義の耐候性(以下同じ。)の低下という欠点があり、このため、ABSグラフト重合体を成分として含む組成物にも耐候性に劣るという欠点が生ずるため、ABSグラフト重合体のブタジエン成分に基づく上記問題の解決のために従来から様々な努力がなされ、一定の成果が得られており、その中には、ABSグラフト重合体に替えて、ASAグラフト重合体を用いた例もあることは、いずれも本願出願前当業者によく知られていた事実と認められる。

一方、引用例2にPCとASAグラフト重合体よりなる引用例発明2の組成物〔PC+ASA〕が優れた耐衝撃性を有する旨記載されていることは当事者間に争いがなく、引用例2にPCとの関係においてASAグラフト重合体がABSグラフト重合体に比べてより優れた耐光性、耐候性を与える旨記載されていることは(2)で述べたとおりである以上、上記したところに照らすと、当業者にとって、PCとの関係でこのような働きを有するとされているASAグラフト重合体にはそれ自体に優れた耐衝撃性、耐光性、耐候性があり、これがポリエステルとPCとの混合物との関係においてもそのような働きを示すのではないかと考えてみて、ポリエステルとPCとASAグラフト重合体よりなる組成物〔PE+PC+ASA〕という構成に想到することに、格別困難はなかったといわなければならない。

(4)  以上のとおりであるから、審決が、ABSグラフト重合体を用いることから生ずる引用例発明1の問題点の解決のため、引用例2を参照して本願発明に想到することは当業者にとって容易であった旨判断したことに誤りはない。

原告主張の取消事由1は理由がない。

3  同2にっいて

(1)  上記1の事実に照らすと、本願発明の組成物〔PE+PC+ASA〕は、引用例発明1の組成物〔PE+PC+ABS〕のABSグラフト重合体をASAグラフト重合体に替えたもの、あるいは、引用例発明2の組成物〔PC+ASA〕にポリエステル樹脂〔PE〕を加えたもの、また、先行発明4の組成物〔PE+PC〕にASAグラフト重合体を加えたものということができ、それが、先行発明4の組成物並びにASAグラフト重合体又は引用例発明2の組成物のそれぞれが有する性質を併せ有すると予測することは容易であったということができる。

これを、本願発明の組成物が有するものとされる、成形加工性、耐衝撃性、耐候性、耐熱性、耐薬品性並びに均一分散性に極めて優れた性質(甲第2号証の1の3欄35~44行)について述べれば以下のとおりであり、これらを全体として見てもそれを予測することが困難であったとすることはできない。

〈1〉 成形加工性

引用例発明2の組成物は、射出成形温度が低く、流動性が良好で(甲第4号証4枚目右上欄4~6行)、射出成形又は真空成形により容易に成形品に加工できる(同4枚目右下欄7~10行)ものであり、先行発明4の組成物は、ポリエステル樹脂の寸法安定性などの成形用樹脂としての物性が付与されると同時にPCの溶融粘度が低下し、成形性が容易になった(甲第3号証2枚目左上欄4~8行)ものであるから、上記各組成物の有する性質を併せ持つ組成物が本願発明の組成物が有する優れた成形加工性を有することは、容易に予測できる。

〈2〉 耐衝撃性

先行発明4の組成物は、ポリエステル樹脂の耐衝撃性が劣るためその耐衝撃性も不十分である(甲第3号証1枚目右欄8~12行、同2左上欄9~12行)が、引用例発明2の組成物の耐衝撃性は、ノッチ付き衝撃強さが純粋なPCに比べかなり改善されたもの(甲第4号証4枚目右上欄10~11行)であるから、上記各組成物の有する性質を併せ持つ組成物がPC並みかそれ以上の耐衝撃性を有することは予測のむずかしいことではなく、ASTMD256の方法により測定された1/4衝撃強度は、本願発明の組成物のものが6.5~18.8kgcm/cm2である(甲第2号証の1の3枚目6欄11~12行並びに5枚目表1、6枚目表2、3、7枚目表4の実施例1~23の数値)のに対し、PCのそれが10.9kgcm/cm2である(同5枚目表1)ことからすれば、本願発明の組成物の有する程度の耐衝撃性は上記各組成物の有する性質を併せ持つ組成物のものとして予測することが困難ではないということができる。また、ASAグラフト重合体自体が優れた耐衝撃性を有することを引用例2の記載から容易に予測できることは上述のとおりである。

〈3〉 耐候性

引用例発明2の組成物の耐候性は、先行発明1~3の混合物のそれより優れたものであり(甲第4号証4枚目下右欄4~7行)、引用例1には先行発明4の組成物が耐候性に特に問題があるとも記載されていないから、上記各組成物の有する性質を併せ持つ組成物が優れた耐候性を有することは容易に予測できることである。そして、本願発明においても(甲第2号証の1の2枚目3欄27~44行、4枚目8欄6~7行)、引用例発明2においても(甲第4号証1枚目右下欄2~13行、2枚目左下欄7~9行、4枚目右下欄4~7行)、優れた耐候性はブタジエン系重合体の代わりにアクリル酸エステル系重合体を用いることにより得られるとされていることに照らすと、本願発明の示す耐候性を予想外の程度のものとすることはできない。

〈4〉 耐熱性

引用例発明2の組成物は、熱的安定性が著しく高く(甲第4号証4枚目右上欄1~2行)、ヴィカット軟化点が106~134℃であり(同7枚目表実施例1~8)、引用例1には先行発明4が耐熱性につき問題を有することは記載されていないから、上記各組成物の有する性質を併せ持つ組成物が優れた耐熱性を有することは容易に予測できる。そして、本願発明の組成物の熱変形温度(18.6kg/cm2)が98.5~123.5℃であり(甲第2号証の1の5枚目表1)、かつ、ヴィカット軟化点と熱変形温度とは直線的比例関係にあって、一般に前者が約15~20℃高く現れる傾向があることが本願出願前当業者に周知であることは弁論の全趣旨で明らかであることからすれば、耐熱性の程度についても本願発明の組成物のものを予想外とすることはできない。

〈5〉 耐薬品性

引用例2には引用例発明2の組成物の持つ耐薬品性につき特に触れるところはないが、先行発明4の組成物はポリエステル樹脂が有する優れた耐溶剤性によりPCの耐溶剤性が向上するもの(甲第3号証1枚目右下欄4~6行、2枚目左上欄8~9行)であるから、上記各組成物の有する性質を併せ持つ組成物が優れた耐薬品性を有することは容易に予測しうるということができる。

〈6〉 均一分散性

引用例発明2の組成物の成分であるPCとASAグラフト重合体は相容性が大のもの(甲第4号証2枚目左下欄2~5行)であり、先行発明4の組成物の成分であるPCとポリエステル樹脂は溶融状態において均一に混合できるもの(甲第3号証1枚目右下欄18~20行)である。このように、PC、ASAグラフト重合体、ポリエステル樹脂の3成分のうちPCと他の一つとを取り出せば相容性が大のときであっても、3成分全部をまとめたときの相容性が大であるとは限らないが、PCを介することによって他の二つも相容性が大となり結局3成分全部の相容性が大であることも十分ありうるから、これら3成分は相容性が大であり均一に分散できるであろうと予測してみることに格別困難があるとはいえない。この意味で上記各組成物の有する性質を併せ持つ組成物が優れた均一分散性を有することは容易に予測しうるということができる。

(2)  複数の樹脂を混合して作られた組成物において混合される各樹脂の性質がそのまま混合される割合に応じて発現するとは限らないことは当事者間に争いがなく、また、その割合はともかく成分樹脂の性質が新たに作られた樹脂の性質として発現するであろうとの予測も外れることが珍しくないことは「共重合体の合成と物性・化学増刊27」(乙第1号証)の原告指摘の箇所の記載からも認められるが、2の(3)に述べたところからすれば、各成分樹脂の性質が新たに作られた組成物の性質として発現すると予測し、その結果を確認することは、当業者の通常行う過程にすぎず、これをもって、効果の予測の困難性を基礎づけるものということはできない。

(3)  本願発明の効果についての審決の認定部分には、例えば、引用例発明1の組成物の耐衝撃性の強さは、そこに含まれるABSグラフト重合体に由来するものであるから、これを持たない本願発明の組成物の性質の予測の根拠となしえないものであるにもかかわらず、予測の根拠になるものとしている(別添審決書写し8頁10~12行)など、正確性に欠けるところもあるが、そこで述べられているのは、結局、本願発明の組成物の性質は引用例1、2の記載から容易に予測できるということであり、上記不正確さは、審決の結論に影響を及ぼすものではない。

(4)  以上のとおり、本願発明の効果は引用例1、2の記載から容易に予測できるとした審決の判断に誤りはなく、原告主張の審決取消事由は理由がない。

4  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 木本洋子)

別紙

グラフトポリマー中のブタジエン配合量

被告の対比 明細書全体の記載から

引用例1 実施例15~18(ブタジエンの最も少ないもの) 幹ポリマーのブタジエン50重量%で22.5重量% ブタジエン必須 グラフト重合体中のブタジエン系重合体(イ)10~85重量%&(イ)中のブタジエンは50重量%以上→5~85重量%(2頁4~14行) 実施例1~5 30%以上 6~10 36% 11~14 30% 15~18 22.5%以上

引用例2 実施例3の(H) 2.4重量% 実施例1、2 ブタジエン 0重量%3の(G) 0重量% (ブタジエン任意)(H) 2.4重量%

先行発明1の公報 2頁左欄18~26行 10~60重量% 例1 30、40重量% ブタジエン必須幹ポリマーはブタジエンのみ、グラフトポリマー中のブタジエン10~60重量%(2頁左21行)実施例 X 30重量% Y 45重量%

全組成物中のブタジエン配合量

組成物 原告の対比 明細書全体の記載から

引用例1 A.PEs 4~95重量%B.PC 4~95重量%C.ABS 1~50重量% 実施例15~18でCを10重量%と仮定 2.25 ブタジエン必須Cは1~50%→5~85重量%×1~50重量%=0.05~42.5重量%実施例15(最小) 1.13重量% 実施例10(最大) 16.6重量%

引用例2 B.PC 5~95重量%C.ASA 95~5重量% 実施例3の8(H)が70%で1.68 実施例1、2 ブタジエン 0重量%3の1~4、7 0重量% (ブタジエン任意)3の5 0.48重量% 3の6 0.96重量% 3の8 1.68重量%

先行発明1の公報 (第1表)B.PC 10~90重量%C.ABS 90~10重量% 第1表の例A3重量%これ以下も意図 ブタジエン必須1~54重量%例2(表1)Xのとき 3~27重量% 例3(表2)Yのとき 9~27重量%

昭和61年審判第9361号

審決

東京都中央区京橋2丁目3番19号

請求人 三菱レイヨン株式会社

東京都中央区京橋二丁目3番19号 三菱レイヨン株式会社内

代理人弁理士 吉沢敏夫

昭和52年特許願第44373号「熱可塑性樹脂組成物」拒絶査定に対する審判事件(昭和62年8月13日出願公告、特公昭62-37671)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

Ⅰ、本願は、昭和52年4月18日の出願であつて、その発明の要旨は、出願公告され、昭和63年10月28日付の特許法第64条第1項の規定により補正された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものであると認める。

「下配(A)成分5~94重量%。(B)成分5~94重量%及び(C)成分1~40重量%を主たる構成成分とする熱可塑性樹脂組成物。

(A) ポリエチレンテレフタレート、ポリテトラメチレンテレフタレート及びこれらの混合物から成る飽和ポリエステル樹脂

(B) ポリカーボネート樹脂

(C) 炭素数2~10個のアルキル基を有するアルキルアクリレート及び/又はアルキルメタクリレートを主体とするゴム状重合体50重量%以上の存在下で芳香族炭化水素単量体、メタクリル酸エステル単量体の少なくとも1種又はこれと他のビニル系単量体との混合物50重量%以下を重合して得られる樹脂重合体。」

Ⅱ、これに対して、当審における特許異議申立人呉羽化学工業株式会社の提出した甲第3号証(特開昭49-41442号公報)及び甲第4号証(特開昭49-99152号公報)には、それぞれ次の事項が記載されている。

(1)甲第3号証

ポリエチレンテレフタレート、ポリテトラメチレンテレフタレートなどの飽和ポリエステル(A')芳香族ポリカーボネート(B')並びにブタジェン系ゴム状重合体(イ)10~85重量%にメタクリル酸エステル(ロ)、芳香族モノビニル化合物(ハ)及びシアン化ビニル化合物(ニ)より成る群から選ばれたビニル系単量体の1種以上をグラフト共重合せしめたブタジエン系グラフト共重合体(C')より成り、上記(A')成分が4~95重量%、(B')成分が4~95重量%、(C')成分が1~50重量%である、熱可塑性樹脂組成物。

(2)甲第4号証

95~5重量%のジヒドロキシフエノールのポリカーボネート、及び5~95重量%のアクリル酸エステルの均質重合体及び/又は共重合体にスチレン及びアクリロニトリルがグラフト重合したグラフト共重合体(以下、ASAグラフト重合体という)から成る熱可塑性成形用組成物。

Ⅲ、そこで、本願発明と甲第3号証に記載された発明を比較すると、両者は「ポリエチレンテレフタレート及びポリテトラメチレンテレフタレートから成る飽和ポリエステル樹脂、ポリカーボネート樹脂、及びゴム状重合体50重量%以上の存在下で芳香族炭化水素単量体、メタクリル酸エステル単量体の少くとも1種又はこれと他のビニル系単量体との混合物50重量%以下を重合して得られる樹脂重合体より成り、その構成割合がそれぞれ、5~94重量%、5~94重量%及び1~40重量%である熱可塑性樹脂組成物」である点で一致しており、上記ゴム状重合体として、前者が「炭素数2~10個のアルキル基を有するアルキルアクリレート及び/又はアルキルメタクリレートを主体とするもの」であるのに対し、後者は「ブタジエン系重合体」である点で両者は相違している。

Ⅳ、上記相違点について以下検討する。

甲第3号証には、芳香族ポリエステルと芳香族ポリカーボネートとを均一に混合した樹脂組成物は、前者の寸法安定性などの成形用樹脂としての物性が付与されると同時に、後者の溶融粘度が低下し、成形性が容易になるなどの利点があるが、耐衝撃性が不十分であるという欠点を有し、この耐衝撃性の改良を主目的として、第3成分としてブタジエン系グラフト共重合体を添加混合することにより、成形性、機械的特性、特に耐衝性及び熱安定性にすぐれた熱可塑性樹脂組成物が得られることが記載されている。

他方、甲第4号証には、従来技術として、ポリカーボネートに、ポリブタジエンとアクリロニトリル及び芳香族ビニル炭化水素の混合物とから得られるグラフト重合体を加えることにより、熔融係数は改善されるが、引張強さ、伸び、耐光性及び耐候性のような他の性質に悪影響が及ぼされ、少量のブタジエン含有重合体が存在する場合でも変色が生じるなど光及び熱に対する感受性が増加することが記載されている.また、これら問題点を解決するために、上記ポリブタジエンを含むグラフト重合体に代えて、前記ASAグラフト重合体を用いることにより、熱的安定性、弾性モジユラス、成形性、ノツチ付衝撃強さが改善された、老化、熱及び光に対する耐性、すなわち耐候性の優れた熱可塑性成形用組成物が得られることが記載されている。そして、甲第4号証に記載されたポリブタジエンを含むグラフト重合体及びASAグラフト重合体は、それぞれ、甲第3号証におけるブタジエン系グラフト共重合体及び本願発明における(C)成分に該当するものと認められる。

以上のことから、甲第3号証に記載された樹脂組成物においては、ブタジエン系グラフト共重合体の添加により、耐衝撃性に優れる反面、光及び熱によつて悪影響を受け易く、耐候性に劣るという課題が存在することも当業者に容易に理解できたことであり、この課題の解決を所望する場合、上記甲第4号証の記載を参照して、甲第3号証記載の発明における「ブタジエン系ゴム重合体」に代えて、本願発明における「炭素数2~10個のアルキルアクリレートを主体とするゴム状重合体」を用いることは、当業者が容易に行い得る程度のことである。

なお、本願発明の熱可塑性樹脂組成物を構成する(C)成分中のアクリレート系ゴム状重合体の割合を50重量%以上とした点について付言するに、甲第4号証におけるASAグラフト重合体中のアクリレート系ゴム状重合体の割合算10~90重量部と記載されていること及び本願発明の実施例17~23にはゴム含量30重量%の樹脂重合体(C-3)を用いた熱可塑性樹脂組成物が例示され、この組成物が本願発明の他の実施例における組成物に比べ物性的に劣る旨の記載がないことを併せ考えると、本願発明において、(C)成分中のアクリレート系ゴム状重合体の割合を50重量%以上とした点に格別の技術的意義を見い出すことができない。

Ⅴ、次に、本願発明の効果について検討する。

本願明細書には、本願発明の樹脂組成物は成形加工性、耐衝撃性、耐候性、耐熱性、耐薬品性、並びに均一分散性に優れていることが記載されている.しかし、上記本願発明の効果は、下記の理由により、甲第3号証及び甲第4号証の記載から当業者が容易に予測できる程度のものであつて、格別なものとは認められない。

(1)成形加工性、耐衝撃性、耐候性及び耐熱性については甲第4号証記載の、成形加工性、耐衝撃性及び耐熱性については甲第3号証記載の発明の樹脂組成物がそれぞれ有する物性であること、また、耐薬品性については、芳香族ポリエステル及び芳香族ポリカーボネートを均一に混合することにより、芳香族ポリカーボネートの耐溶剤性が向上する旨が甲第3号証に先行技術として記載されている(公報第1頁右下欄~第2頁左上欄参照)ことを考慮すると、本願発明の樹脂組成物の上記5つの物性は当業者が容易に予測可能である。

(2)甲第4号証には「本発明のグラフト重合体はポリカーボネートとの相溶性が大である」(公報第2頁左下欄参照)ことが記載されている。まに、甲第3号証には「芳香族ポリエステルと芳香族ポリカーボネートとを溶融状態において均一に混合し」(公報第1頁右下欄参照)との記載があり、加えて甲第3号証及び本願明細書において従来技術として引用されている特公昭36-14035号公報には、ポリエチレンテレフタレートとポリカーボネートとの「両樹脂が互に相溶性に富み容易に熔融状態にて均一に且任意の割合に混合されうる」(公報第2欄16~18行参照)ことが記載されている.(なお、この点に関し、本願明細書には、ポリエステル樹脂とポリカーボネート樹脂との相互の分散性が劣る旨の記載(本願明細書第4頁参照)がある.)

上記のように、ポリカーボネート樹脂は、ASAグラフト重合体及びポリエチレン樹脂とそれぞれ相溶性を有することから、ポリカーボネート樹脂及びポリカーボネート樹脂を介してそれぞれ相溶性を有するASAグラフト重合体、ポリエチレン樹脂の3成分が均一に混合し得ることは当業者が容易に想到し得ることであり、樹脂組成物において、均一に混合し得ることと均一に分散しうることに格別の差異はないので、本願発明の樹脂組成物が有する均一分散性に優れるという効果についても当業者の予測範囲を越えるものではない。

Ⅵ、したがつて、本願発明は、甲第3号証及び甲第4号証の記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることがてきない.

よつて、結論のとおり審決する。

平成1年9月21日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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